レプリカントの反逆を防ぐために、人間は「神」になった
意思を持つアンドロイドが存在するなら、人間は当然、どうすれば反逆されないのかを考えることになる。
ロボット三原則のように、人間への危害を防ぐためのルール。
レプリカントを作るにあたっては、法律や行動制限など、さまざまな仕組みが必要になるはずだ。
しかし、どこまで行っても、ルールには突破口がある。
TOKYO BEASTの世界で人間が選んだ方法は、少し違っていた。
「人間を神として崇めさせる」
レプリカントから反逆されないために、この世界の人間が選んだ方法。
それが、
「人間を神として崇めさせる」
という仕組みだった。
最初から宗教を作ったというより、まずは人間がロボットを都合よく使えるように、行動を制限する回路のようなものを埋め込んだ。
そこから発展して、いつしか人間そのものが信仰されるようになった。
完全には制御しなかった人間
ここには、TOKYO BEASTのレプリカント設定の大きな特徴がある。
人間はレプリカントを完全な制御下に置くこともできたはずだ。
それでも、この世界の人間はそうしなかった。
レプリカントには自由意志が残されている。
自分の欲求によって、何をしたいのかを決めて稼働する。
だからこそ、宗教という別の仕組みによって、人間との関係を維持する必要が生まれた。
「人間が作ったもの」をどう扱うのか
この設定は、TOKYO BEASTが根幹に置く「思考実験」ともつながっている。
人間が作ったものに意思があったらどうなるのか。
人間に近い存在を、人間はどう扱うのか。
そして、意思を持つ存在に自由を与えながら、その存在から反逆されないためにはどうするのか。
TOKYO BEASTでは、その答えのひとつとして、「人間を神として扱わせる」という社会そのものが設計されている。
単純に命令で従わせるのではなく、信仰によって「人間だから仕方ない」と受け入れさせる。
レプリカントの自由意志と、人間による支配。
一見すると矛盾する二つの要素が、宗教という仕組みによって同居している。